長崎地方裁判所 平成4年(わ)21号 判決 1992年6月17日
主文
被告人を懲役八年に処する。
未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。
押収してある別紙没収目録記載のけん銃一二丁、実包四七四発、空薬きよう六個、弾丸等二個、弾丸片等一三個を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、政治結社正気塾(以下「正気塾」という。)の代表者塾頭であるが、
第一 平成二年五月二五日、韓国人であるAが、正気塾塾長Bら同塾関係者らとともに、長崎拘置支所に未決囚として勾留中の同塾幹部Cとの面会を申し込んだ際、同支所係員から通訳人がいないことを理由に右Aの面会を断られたことに憤慨し、長崎拘置支所にけん銃を撃ち込んでこれに報復しようと企て、同塾の国際局長DことE及び同塾塾生F(以下「F」という。)と共謀の上、同年八月一六日午前一時過ぎころ、長崎市白鳥町八番二号長崎拘置支所正門前において、右Fが同支所管理棟一階事務室に向け、所携の自動装てん式けん銃(平成四年押第七号の10)で銃弾一発(その弾丸--同号の43、その撃ち空薬きよう--同号の44)を発射し、同室窓ガラス一枚を撃ち破つた上、同室コンクリート柱を縦約五センチメートル、横約七センチメートル、深さ約一センチメートルにわたつて凹損させ(損害額一万円相当)、もつて、建造物を損壊し(平成四年二月二〇日付け起訴状第一)
第二 前記Bが、昭和六三年一二月ころ、株式会社長崎新聞社に対し、「天皇に戦争責任はない」等を内容とする意見広告を同社発行の日刊紙に掲載するように申し込んだが、同社から右掲載申込みを拒否されたため、右長崎新聞社を被告として意見広告掲載請求訴訟を提起したところ、長崎地方裁判所において、平成三年二月二五日右請求を棄却する判決が言い渡されたものであるが、被告人は、長崎新聞社及び長崎地方裁判所の右一連の対応に憤慨し、同社及び同裁判所にけん銃を撃ち込んでこれらに対して報復しようと企て、正気塾塾生である前記F、同G(以下「G」という。)及び同H(以下「H」という。)らと共謀の上、右G、Hにおいて、普通乗用車を利用して
一 平成三年三月一日午前一時四五分ころ、長崎市茂里町三番一号株式会社長長崎新聞社玄関前に赴き、同所において、村岡が、同社屋玄関出入口に向け、所携の自動装てん式けん銃で銃弾二発(その撃ち空薬きよう二個--同号の45、46、その弾丸片六個及び弾丸の被甲片二個--同号の47ないし52)を発射し、同社屋玄関の出入口ガラス戸一枚及び金属性冠木を撃ち破り(損害額合計五二万一六五六円相当)、もつて、建造物を損壊し(平成四年一月二九日付け起訴状第一の一)
二 次いで、同日午前二時ころ同市万才町九番二六号長崎地方裁判所玄関前に赴き、同所において、Gが同裁判所合同庁舎玄関出入口に向け、前記一記載のけん銃で銃弾二発(その撃ち空薬きよう二個--同号の53、54、その弾丸の被甲片一個及び弾丸四個--同号の55ないし59)を発射し、同庁舎玄関出入口ガラス戸一枚を撃ち破り(損害額五万一四〇〇円相当)、もつて、建造物を損壊し(平成四年一月二九日付け起訴状第一の二)
第三 法定の除外事由がないのに
一 前記Fと共謀の上、前記第一記載の日時場所において、同記載のけん銃一丁(同号の10)及び同けん銃用実包一発(その弾丸--同号の43、その撃ち空薬きよう--同号の44)を所持し(平成四年二月二〇日付け起訴状第二の一)
二 前記G、Hと共謀の上、前記第二の一、二記載の日時場所において、同記載のけん銃一丁及び同けん銃用実包四発(ただし、内二発の実包は前記第二の一記載の日時場所において使用済み。その撃ち空薬きよう二個--同号の45、46、弾丸片六個及び弾丸の被甲片二個--同号の47ないし52。その余の二発の実包は前記第二の二記載の日時場所において使用。その撃ち空薬きよう二個--同号の53、54、その弾丸の被甲片一個及び弾丸片四個--同号の55ないし59。)を所持し(平成四年一月二九日付け起訴状第二)
三 前記Fと共謀の上、平成三年一一月二一日午後三時二五分ころ、同市《番地略》のF方において、回転弾倉式けん銃一丁(同号の1)及び同けん銃用実包四発(実包三発--同号の2ないし4、撃ち空薬きよう一個--同号の5、けん銃弾頭一個--同号の6)を隠匿所持し(平成四年二月二〇日付け起訴状第二の二)
四 前記F、Gと共謀の上、Gにおいて、同人の実弟の友人であるIに対し、その情を秘して、けん銃等及び実包在中の茶色アタッシュケースの保管方を依頼し、平成四年一月一九日、同市《番地略》乙山アパート右I方において、改造水平二連銃(同号の8)、パイプ銃(同号の25ないし27)、回転弾倉式けん銃(同号の9)、自動装てん式けん銃(同号の11)各一丁及び実包二七二発(同号の12、14ないし17、19、21ないし24)を隠匿所持し(平成四年二月二〇日付け起訴状第二の三)
五 平成四年一月二六日、知人であるJに対し、その情を秘して、けん銃及び実包在中のこげ茶色アタッシュケースの保管方を依頼し、熊本県熊本市《番地略》K方において、回転弾倉式けん銃三丁(同号の29、34、35)、自動装てん式けん銃一丁(同号の31)及び実包一六九発(同号の30、32、33、36ないし38)を隠匿所持し(平成四年二月二〇日付け起訴状第二の四)
六 前記Hと共謀の上、同人において、平成四年二月一日、東京都豊島区《番地略》コーポ丙川二〇二号L方において、回転弾倉式けん銃二丁(同号の40、41)及び実包三〇発(同号の42)を隠匿所持し(平成四年三月四日付け起訴状)
たものである。
(証拠の標目)《略》
(累犯前科)
被告人は、昭和六一年五月一二日長崎地方裁判所で逮捕、監禁、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪により懲役五年に処せられ、平成二年一月二五日右刑の執行を受け終わつたものであつて、右事実は検察事務官作成の前科調書(乙7)及び判決書謄本(乙8)によつてこれを認める。
(法令の適用)
被告人の判示第一、第二の一、二の各所為はいずれも刑法六〇条、二六〇条前段に、判示第三の一ないし六の各所為のうち、各けん銃等の所持の点はいずれも行為時においては同法六〇条(五の所為は除く。)、(四ないし六の各所為についてはいずれも包括して)平成三年法律第五二号による改正前の銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、裁判時においては刑法六〇条、右改正後の銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に(右は犯罪後の法令により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時の刑によることとする。)、各実包の所持の点は(二ないし六の各所為についてはいずれも包括して)火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するが、判示第三の一ないし六の各所為は、いずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で各処断することとし、判示第三の一ないし六の各罪について所定刑中懲役刑をそれぞれ選択し、前記の前科があるので判示各罪について刑法五六条一項、五七条によりそれぞれ再犯の加重をし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により刑及び犯罪の点でも最も重い判示第三の二の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入することとし、押収してある別紙没収物目録けん銃等欄4記載の自動装てん式けん銃一丁(平成四年押第七号の10)は判示第三の一の、同目録けん銃等欄1記載の回転弾倉式けん銃一丁(同号の1)は判示第三の三の、同目録けん銃等欄2、3、5、6記載の改造水平二連銃一丁(同号の8)、回転弾倉式けん銃一丁(同号の9)、自動装てん式けん銃一丁(同号の11)並びにパイプ銃撃針部、同銃身部及び同引き金用ボルト(同号の25ないし27)は判示第三の四の、同目録けん銃等欄7ないし10記載の回転弾倉式けん銃三丁(同号の29、34、35)及び自動装てん式けん銃一丁(同号の31)は判示第三の五の、同目録けん銃等欄11、12記載の回転弾倉式けん銃二丁(同号の40、41)は判示第三の六の各銃砲刀剣類所持等取締法違反の犯罪行為をそれぞれ組成した物、同目録空薬きよう欄2記載の撃ち空薬きよう一個(同号の44)及び同目録弾丸等欄2記載の弾丸一個(同号の43)は判示第三の一の、同目録空薬きよう欄3ないし6記載の撃ち空薬きよう四個(同号の45、46、53、54)及び同目録弾丸片等欄1ないし11記載の弾丸片一〇個及び弾丸の被甲片三個(同号の47ないし52、55ないし59)は判示第三の二の、同目録実包欄1ないし3記載の実包三発(同号の2ないし4)、同目録空薬きよう欄1記載の撃ち空薬きよう一個(同号の5)及び同目録弾丸等欄1記載のけん銃弾頭一個(同号の6)は判示第三の三の、同目録実包欄4ないし13記載の実包二七二発(同号の12、14ないし17、19、21ないし24)は判示第三の四の、同目録実包欄14ないし19記載の実包一六九発(同号の30、32、33、36ないし38)は判示第三の五の、同目録実包欄20記載の実包三〇発(同号の42)は判示第三の六の各火薬類取締法違反の犯罪行為をそれぞれ組成した物で、いずれも被告人以外の者に属しないから刑法一九条一項一号、二項本文を適用して被告人から没収することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人がけん銃等一三丁及び実法四八〇発にも及ぶ大量の銃器等を入手し、これを配下の塾生らを介するなどして分散した上隠匿所持し、現実に判示三件の発砲事件に右けん銃等を使用に供したという事案であり、銃器所持事案さらには発砲事案としては、その銃器が大量、長期に所持され、かつ複数回にわたり使用に供されていることなどからして特異かつ重大な事犯である。
すなわち、被告人の判示第三の各所為は(けん銃及び実法所持事案)、後記長崎拘置支所、長崎新聞社及び長崎地方裁判所に対する銃撃事件に使用されたけん銃等を含む大量のけん銃及び実包を、被告人が入手し、配下の正気塾塾生F、GHらに指示するなどして隠匿所持していたという事案で、大量かつ長期間にわたり銃器等が所持され、複数回にわたつて現実に使用に供されるなど、この種事案としてもあまり例を見ない事案であり、判示第一の所為は(拘置所発砲事件)、韓国人Aが正気塾関係者に伴われて当時長崎拘置支所に未決囚として勾留されていた正気塾幹部Cに接見しようとした際、拘置支所側が右Aの接見を許可しなかつたことについて、これを後に聞知した被告人が、右拘置支所側の対応に憤慨してこれに報復しようと企て、同じく右拘置支所の対応に憤慨していた同塾国際局長DことEと共謀し、同塾塾生Fに右拘置支所への銃撃を指示して、右Fが被告人から渡されていたけん銃及び実包を使用して拘置支所事務所を銃撃したという事案であり、判示第二の各所為は(新聞社及び裁判所発砲事件)、正気塾塾長Bが、株式会社長崎新聞社に対し、意見広告を同社発行の日刊紙に掲載するように申し込んだところ、同社から右掲載申込みを拒否され、その後、右長崎新聞社を被告として意見広告掲載請求訴訟を提起したものの、長崎地方裁判所において、右請求を棄却する判決が言い渡されたことを知つた被告人が、長崎新聞社及び長崎地方裁判所の右一連の対応に憤慨し、同社及び同裁判所に対して報復しようと企て、前記Fを介し、同塾塾生G、同Hらに右新聞社及び裁判所に対する銃撃を指示し、右G、Hにおいて、Hが被告人から命じられて隠匿保管中のけん銃及び実包を使用して長崎新聞社社屋の出入口さらに長崎地方裁判所合同庁舎玄関口に銃弾を撃ち込んだという事案である。
まず、大量のけん銃及び実包等の隠匿所持事案の動機についてみるに、その隠匿状況及び判示の発砲事件における使用状況に鑑みると、その目的は、被告人らの考えと相いれない者を威嚇若しくは攻撃するために所持していたものと推認し得るのであり(なお、被告人は、大量のけん銃及び実包等を所持していた動機について、「有事の際、つまり国体を脅かすものがあらわれて国内の秩序が混乱した場合に使用するためであつた。」などと述べているが、その動機付けが現在の国内情勢と著しく齟齬していることは措くとしても)、厳重にその所持が禁止されている法制下においては、いかなる理由があつたとしても被告人の行為は断じて許されないものというべきである。次に、右一連の発砲事件の犯行に至る経緯及び動機形成についてみるに、拘置支所に対する発砲事件においては、拘置支所側が接見を許可しなかつた理由が、接見希望者が日本語を解しない者であり、事前に通訳人の手当てなどの連絡がなかつたからであつて、右拘置支所側の対応には特段違法、不当な点は見受けられず、また、長崎新聞社及び長崎地方裁判所に対する発砲事件についても、長崎新聞社が意見広告掲載申込みを拒否し、長崎地方裁判所が右新聞社を被告とした訴えを棄却したことに被告人らが憤慨したものであるが、長崎新聞社が独自の判断で右意見広告掲載申込みを拒否したことについて、相当な手段、方法によつて被告人らの立場からこれを不当と批判することはもとより許されるものであり、また、裁判に対する不服がある場合には、あくまでも訴訟手続上保障されている不服申立手続によるべきであるのはいうまでもないところ、被告人は、これら拘置支所、新聞社及び裁判所の対応に対して憤慨し、自己の考えを受け入れないものとして一方的に不当と決めつけ、こともあろうにけん銃を使用してこれに暴力的に報復するなどということは、法治社会においては断じて許されないところであつて、これら犯行動機には全く酌量の余地はない。
そして、本件一連の発砲事案は、あらかじめけん銃及び実包を準備した上、自己の配下にある正気塾塾生らに指示し、同塾生らに敢行させたものであり、大量のけん銃等の所持事案についても、被告人が大量のけん銃を入手した後、長期間にわたり、自己若しくは正気塾塾生らに指示し、あるいは情を知らない第三者に依頼して、隠匿場所を変えるなどして所持していたもので、本件全事案は、被告人及びその配下の正気塾塾生らによる組織的、計画的犯行であることが明らかであつて、加えて、発砲事件に使用したけん銃について、その銃身をはずしたり、あるいは、けん銃自体を処分したり、また、実行担当者から硝煙反応が検出されないように工作し、さらに、被告人が所用で不在中に実行されるなど正気塾の幹部である被告人に責任が及ばないように巧妙に手当てされている等、その犯行態様は極めて悪質かつ卑劣であるのみならず、本件一連の発砲事件の背景には、真正けん銃を含む大量のけん銃及び実包の隠匿所持という本件所持事案があり、右けん銃は常に使用される可能性のある状態で隠匿所持されていたものであつて、現実に本件一連の発砲事件に使用されており、一歩間違えば人身殺傷の結果を招来した可能性は否定できず、本件発砲事件における現実の銃器使用の危険性は論を待たないところ、これらの使用状況さらには前記本件けん銃等の所持目的に照らすと、人身に向けて使用される事態も予想できなくはないのであつて、被告人の本件大量のけん銃等の所持は、人の生命身体等に対する危険性も極めて高く社会治安の面からも厳しく非難されるべきである。
また、本件一連の発砲事件において、各建造物が損壊されたにとどまり、人身の殺傷に及ばなかつたことは誠に幸いであるというべきであるが、右事案が深夜において銃器を使用して敢行されたものであつて、人心に与えた不安等は計り知れないものがあり、そして、本件は、大量のけん銃及び実包の隠匿所持を背景とし、現にその銃器を用いて、公的使命を有する国家機関である裁判所、拘置所及び言論界において重要な役割を担つている新聞社等に対し、これを攻撃、威嚇したものであつて、関係者及び社会一般に与えた衝撃は大きく、その社会的影響も重大である。
以上、本件各犯行の動機、態様の危険性、行動の計画性及び組織性、結果の重大性並びに事案の社会的影響に加え、前記のとおり、被告人が本件事案全体を主導し企図したものであり、また、本件事案から窺われる被告人の法秩序無視の態様及び過去に同様の銃器使用事案を惹起し、本件一連の犯行がその刑終了後一年余りも経ないうちに敢行されていることに鑑みると、その反社会的思考態度及び行動様式が根強いといわなければならないことなどをも併せ考えたとき、被告人の刑事責任は極めて重いといわざるを得ないのであつて、若い塾生らを本件各犯行に巻き込んだことの責任にも思いを致すと、被告人が、捜査段階から本件各犯行を自供し、当公判廷において自己の責任の重さを率直に認めていることが窺われる等の事情を考慮しても、被告人に相当長期間の懲役刑を科すことはやむを得ないものと思料し、主文のとおり量刑した次第である。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 照屋常信 裁判官 坂主 勉 裁判官 森 浩史)